ゲッティへの長い道(01)
1:そして旅に出る理由について
1997年12月のLAでは、そのカラッと乾燥した空気の中にゲッティという言葉が飛び交っていた。
部屋のテレビでは、LAのすべての放送局がゲッティの開館の話題を賑やかに取り上げている。
ユニオンステーションにラスベガスへの鉄道の時刻を調べに行くと(ちなみに、LAからラスベガスへの列車はなくなったと言われたが)、駅のインフォメーションカウンターに積んであったフリーペーパーの一面は「ゲッティの建物は醜悪だ(誰もはっきりと言わないけどさ)!」と主張して、叫んでいる。
そこで僕はすぐに理解した。
「どうやら、なにかわからないが、ゲッティという建物ができたみたいだ」
さらに考えは続いた。
「LAにいるときに、これだけゲッティ、ゲッティとやかましいということは、僕がゲッティに行かなければいけないってことかもね。ゲッテイがなにか知らないけどさ…」
僕がこう考える理由は、「世界旅行者」がなにかをする場合、決して自分では決断せず、自然とまわりがそうなるように仕向けて行くのがこれまでの常だったからだ。
例えばあの伝説の2年8カ月の世界一周旅行に出たときは、ちょうど離婚した直後で、僕は人生に絶望していた。
とても仕事をしたり勉強したりという気分ではなかった。
いっそのこと、死んでしまおうかと考えていたが、もちろん、死んでしまおうと考えても、死ぬだけの度胸はない。
そんな度胸があったなら、それ以前に、もうとっくに死んでいるはずなのだから。
けれど「仕事もしない勉強もしない」では、とても日本に居づらい。
日本には、そんなに変わったことも、面白そうなこともないんだから。
つまり、実は僕には日本を出るしか選択肢は残されていなかった。一度日本を出ると、あちこちに不義理をしているので、なかなか日本に帰りづらい。
ここだけの話だが、僕が2年8カ月も旅を続けた理由は、単純に、僕が日本に帰れない身体だったからなんだね(ナイショだよ)。
その世界一周旅行の中で、僕は超自然的な、とても不思議なことをいろいろと経験した。
例えば、リオデジャネイロにいて、東海岸の町サルバドール(バイーア)へ行こうと考える。
その前に教会で祈る。
教会で祈ったその足で、とことこと歩き、巨大なバスターミナルに着いて、さて、サルバドール行きのバスはどこから出るのだろうと考えているとする。
その時、遠くからバスがやってくるのが見える。
すると、「あれだな、あれが僕の乗るサルバドール行きのバスだな」と直感する。
そしてそれは間違いなく、サルバドール行きのバスなのだ。
アジア、ヨーロッパ、アフリカ、北アメリカ、それから中米、南米と一人で旅を続けるうちに、「旅は巡礼である」と、僕はだんだんに思うようになっていった。
そして、世界各地の遺跡、廃墟、神殿、寺院、教会で祈り続けながら、僕は自分の意志ではなく、確かになにかに導かれて、次々と新しい町を訪れていった。
その時、旅は僕と一体となり、僕が旅なのか旅が僕なのかわからなくなり、その結果、僕の行きたいところへ向かうバスが、自然と向こうから近づいてくるような境地にまで達していた。
これを、ボリビアのラパスの日本人会館で出会った若者に伝授したことがある。
「まず教会で祈って、それからバスターミナルへ行って、最初に来たバスに乗れば、それが君の乗るバスなんだよ。行き先を確かめる必要はないんだ」僕が話したこの日本人学生旅行者は僕の話に非常に感動していたが、バスターミナルに向かったまま、それきり二度と姿を現すことはなかったという。
チリの海岸にある町、アリカへ向かう予定だったが、アマゾン低地へのバスが一瞬早く着いてしまって、僕のアドバイス通りにそれに乗ってアマゾンへ行ってしまったとか。
それ以来、彼はバスに乗って着いた町が大好きになってしまって、戻って来る気がなくなったのだと噂されている(ま、噂しているのは僕だけだれど、そう思ったほうがいいじゃないか)。
僕は旅に出ようと思って旅に出ることがない。
どちらかというと、旅に出たくない出たくないと思いながら、仕方なく旅に出ている。
今回LAに来たのは、一年前にパリからLAに飛んで軽くキューバへ足を延ばして、その日本への帰国便をLA発大韓航空の一年オープンチケットにしていたせいだ。
成田からLAへの復路の航空券が手許にあって、その有効期限がせまっていたからという、止むに止まれない切実な理由があったからなのだ。
つまり、LAに来たのに特別な理由がない。
ラスベガスへ行こうかとも思ったが、もちろん以前にも行ったことがあるし、鉄道がないからとバスを使うのでは面白い旅になるとも思えない(昔はバスを使ったし)。
ということは、間違いなく、僕はこのゲッティとかいうところへ行かなければならないのだな、行くことが僕の運命なのだな。
運命なら、それに従うことにしよう。
と、僕は思った。
そしてこれが、僕とゲッティとの怪しい関係の始まりだったのだ。→next