ゲッティへの長い道(02)

 

2:行く前に、どんなところなのかを考える


さて旅行をするときのアドバイスだが、ある場所へ行くと決めた後で、そこがどんな所なのか、すこし調べておいた方がいい。

こう書くと「それは変だ。どういう所なのかわかっているから行こうと思うんじゃないんですか。行こうと決めた後で調べるなんて、逆でしょ」と言い出す人がいるかもしれない。
こういうばかげたことを白昼堂々と正気で言えるのが、マニュアル本を読まないとなんにも始められない、現代日本にはびこる話の面白くない人たちだ。

マニュアル通りに旅行したら旅行中の失敗が少なくなって、話が面白くならないだろうが。

日本ではまだ誰も書いたことがないと思うが、実は、旅行をする本当の目的は、できるだけ失敗をして人の面白がるような話のネタをたくさん作ることなんだよ(ね、はじめて聞いたでしょ?)。

世の中でなにがつまらないといって、他人がうまくやった話ほどつまらない、二度と聞きたくない、忘れたい、思い出したくないものはないだろう。
その逆に、他人が失敗をした、ドジをやった話は何度聞いても楽しくてたまらず、繰り返し繰り返し聞きたい、エンドレステープに吹き込んで寝ながら流したいほど、嬉し恥ずかしくも心地よいものだ。

こういう素直でまっすぐな気持ちを持っているのは、決して僕だけではない。
フランスにも「隣の娘が離縁されて帰ってきたら、家で赤飯を炊いて神棚に御神酒を供える」ということわざがある、と僕が出会った東洋通でうそつきのイラン人が言っていたくらい、こういう気持ちは人類がともに共有できる素直な感情なのだ。

そもそも旅行というものは、それ自体がもともと誰でもが好きなこと、したいことで、旅行に出ただけでまわりの人からうらやましがられることになっている。
そのうえ、なんの失敗も事故もなく五体無事に旅行からもどり、にこにこと幸せそうな顔をして旅の楽しさを話していたら、まわりの人みんなにに嫌われて、どんどん友達が少なくなり、仕事もうまく行かなくなると覚悟しておいた方がいい。

赤の他人の楽しいだけの旅行の話なんて、誰も聞きたくなんかないんだよ。

人が聞きたいのは他人の失敗や不幸、つまり、聞いててキモチイイ話なんだね。

ということは、旅に出るときは、自分から進んで失敗が起きやすいような状況を作らなければならないってわけだ。
でも一般の人が、失敗しそうなことを自分でわざわざ計画するのはそんなに簡単なことではない。
いいのは、始めからなにも計画しないでおくことだ。
計画しておいても計画通りに行かないのが旅行というものだから、始めから計画しておかなければ悩むこともない。
それにオイシイ失敗もおきやすい。
その考え方からすると、行く場所を決めるまで、目的地がどういう所なのかを知らない、というのはなかなかレベルの高い旅行の仕方だということになる。

ところが世の中にはなんでも上には上がいるもので、知らないところへ旅立つ程度ではまだまだありふれていて甘いのだ。

僕がLAで出会ったTちゃんという若者は、愛想の良くない、変に頑固なところのある、日本ではまわりの人すべてに嫌がられているだろうと予想のつく人間だったが、彼が旅の話を始めたとたんに、友達が一度にたくさん出来てしまった。

というのは、Tちゃんは「飛行機の切符の(普通の)買い方を知らなかった」からだ。
彼はLAに行こうと決めて、昼も夜も一生懸命バイトをしてお金を貯めた。
その大切なお金を持って、成田空港のカウンターで、正規運賃でLA往復の航空券を買ってやってきたのだ。
いわゆる格安航空券ならば、そのころでも往復で10万円しなかったのだが、彼はまったくノーマルの航空券なので、30万円ちょっと払っていた。
カウンターで何と言ったのか聞いたら、「ロサンジェルス行き、大人一枚」だとか。
この話でドッカンとウケて、それ以後は「Tちゃん、Tちゃん、あの話をもう一度やってよ。なぜそんなことをしたの?」と、誰からも愛される人気者になってしまった。

旅先での面白い話は沢山あるが、旅に出る前の切符を買う話で笑いを取れる人間はほとんどいない。
さすがの僕もこれにはかなわないと自分の負けをあっさり認めて、Tちゃんの帰りの切符を払い戻しするなど、いろいろ世話をしてあげたものだ。

この逆に旅先でまず嫌われるのが、自分の買った切符の値段の安さを自慢する旅行者。
自分で行ったこともない国の細かい旅行情報にいやに詳しい人間も迷惑がられる。

聞かれてもいないのに人の話に割り込んで余計な説明をしようとする、最近増えてきた、世間知らず身の程知らずの自称「旅行通」諸君は、旅先では総すかんを食らうことになっているので自覚してもらいたい。

彼らは世間知らずなのかもともと頭が悪いのか、旅の本質を理解せず、旅の枝葉末節のどうでもいいことを、ああでもないこうでもないとウンチクを傾ける。
こういう勘違いして思い上がった人間は誰にも好かれない。
自分が旅行を知っていると勘違いしているので、旅先でも必ず問題を起こすが、誰も助けてくれない。

よく行方不明になったりするが、いなくなってもみんなが喜んでいるので、誰も捜そうとしないし、現地の警察もそういう話の面白くない人間は相手にしてくれないことになっている。

だから、旅先のことはあまり知らないほうがいい。
それに、いくら調べても物事はわからないのが正直な話。

世の中のほとんどすべてのことは、自分の目で見なければ本当にはわからない(ま、自分で見たってわかりはしないけどさ)。
調べただけでわかるものなら、自分で一生懸命に稼いだ大切なお金をわざわざ使ってまで旅に出る必要はない。

どうせ調べてもわからないものならば、調べるだけ損だ。
つまり、あんまり考えず調べずに、ただ行きたいと思ったところへ行けばそれでいい。
これが旅行の基本なんだよ。

そこで、僕はゲッティに行くと決めた後ではじめて、いったいゲッティがどんなものなのか、少し調べてみようと思った。
なにしろなにをやってる所なのか、どうやったら行けるのか、全くわからないのだから。

さて、ゲッティとはなんなのだろう。
新しいお寿司の名前なんだろうか、それとも、男性の不能治療薬の名前なんだろうか。
おっとっと、この文章を書いているうちに、ゲッティが建物の名前だってことまで、もう忘れてしまっている。

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